人生を味わうブログ〜仕事と家族とお金から自分の人生を考える〜

誰もが「自分の人生を生きたい」と思っているにも関わらず、「自分の人生を生きている」と実感できる人はそれほど多くないのではないでしょうか。「自分の事は自分ではよくわからない」とは言いますが、日々の生活の中で向き合っている仕事、家庭、お金などの現実から、「自分はどういう人生を生きたいのか」を考えていきます。

どうやって自分のメンタルヘルスを守るのか

人間はひとりでは生きられませんので、人間関係でのストレスは避けては通れないものかもしれません。仕事上はもちろんですが、例えば保護者間、家族間のストレスによって「つらい」「悲しい」「腹立たしい」と、様々な感情的な問題が生じます。

そんな時はどうするか、といった相談をしばしば受けるのですが、私の答えは「普段から人間関係のストレスが生じないような付き合い方をする」といった感じです。

どういうことかというと、人間関係のストレスは、相手が自分の期待通りに動いてくれなかった時や、嫌なことをされたとき(これも前者に含むことが出来ますが)に生じることが多いですよね。

なので「期待通りに動いてくれない」から逃れるためには「相手に期待しすぎない」、「嫌なことをされたとき」は「離れる」といった対応が必要になります。

ちなみに以前は「相手に期待しない」としていたのですが、これだとあまりに「世捨て人」「冷たい人」になってしまうな、と考えて方向修正しました。

話を戻すと、一つ目の「期待しすぎない」は、そもそも、人はこちらが期待したとおりに動いてくれるわけがありませんし、こちらの「期待」はあくまで「期待」ですから、相手に「期待」に答える責任があるわけでもありません。まあ、労働は契約に基づくものですから、「契約」は果たせるように努めなければならないのですが、日本においては、そもそも自分に何が求められているかははっきりしていませんし、「上司によって」変わってしまいますし、上司も部下に何を求めているか言葉に出来ない、求めていることが間違っている、といったことも日常茶飯事のような気がします。

そして、期待しすぎなければ、期待を裏切られて「つらい」「悲しい」「腹立たしい」と感じることもなくなります。

 ですから、デフォルトでは、自分も相手も1人の人間であることを尊重した上で、「自分のあるがままに振る舞う」とともに「相手のあるがままを見る」、それに対して自分が果たすべき役割や責任を考える。つまり、相手に対して「○○してあげよう」とか「○○しなきゃいけない」といった思考パターンにならないようにしておきます。

二つ目の「離れる」は、一つ目の行き着く先でもありますが、相手があんまりな言動をするようであれば、この人とは関わらないように努める、つまり「離れる」わけです。

まあ、日常生活でこんなに上手く行くことばかりではないのですが、少なくとも自分としてはこういった過ごし方で、気楽に生きられている部分があるのかな、と感じています。